睦月から如月の頃


ブログ / 土曜日, 2月 28th, 2026

睦月から如月の頃

先日父(桃仙)の本棚を整理していた際、埃を被った一冊の本がこぼれ落ちて来ました。日本初の樹木医である山野忠彦さんの『木の声が聞こえる』という本です。
思えば二十代後半の若き日に,私もこういう生き方がしたいと憧れをいだいておりました。それで父にも読んで欲しくて渡していたのでした。
しかしその後は自分がただ生きる事に精一杯で、いつの間にかそんなことはすっかり忘れてしまい、今やもう孫たちのおばあちゃん。山野さんの生き方には遠く及びません。
黄ばんだページをめくり、しばし懐かしい時に身を置いてみました。

この本は、明治生まれの山野さんの自伝的ドキュメンタリーで、山野さんが生まれてから樹木医になるまでの話と、その後1000本の木を治療した何十年かの話が書かれており、昭和63年の夏、山野さんが88歳で1000本目の治療を達成された翌年89歳の時に刊行されました。

山野さんは裕福な家庭の養子で、30歳の頃には樹木好きがこうじて韓国のソウルで山林を手に入れ、日本の桜や松など植えて研究や観察をしていたそうです。
その後戦争が始まり、日本軍に山の木の供出を迫られた際も、「人間が仕掛けた戦争はいつか終わる。でも、今木を切ってしまったら,ここまで育つのに何十年という歳月がかかるのだ。山を切った後に山崩れが起きたり。洪水になったら村人や動物たちが犠牲になってしまう。」と言って、木を切ることを拒み続けたそうです。

終戦後,無一文で日本に戻った山野さんは、日本中の傷んだ木を少しでも助けようと研究を重ねて、独自の治療法を編み出し、日本初の樹木医となりましたが、一方で日本の社会は復興を通り越し、開発に開発を重ねて行き、多くの木が切り倒されて行きました。
そんな中で山野さんは神社の御神木や庭先に生き残った古老の大木を少しでも長生きさせようと治療に歩き、一本でも多くの木を助ることに黙々と人生を捧げたのです。

山野さんは,この本の後書きでこう語っています。
「日本では昭和天皇の誕生日の4月29日が平成元年の今年から みどりの日 として制定された。樹木を考えるという当たり前のことが,単なるブームで終わってほしくないものだ。」と。

令和の今、時代はITブーム。残念ながら樹木への関心は薄い気がします。それでも日本人は古くから神様が木に宿ることを知っています。神社の御神木にパワーを頂きに行く人も多いのではないでしょうか。
この冬は日本でも山火事がなん度も発生しました。樹木はやはり危機的状態ではないでしょうか?
いつか原子力発電で生きるAIが木を作り出し、その木は二酸化炭素を吸って酸素を吐き出すのでしょうか?

ともあれ、今、牛女は樹木を考えるという当たり前のことを、もっともっと考えたいと思っているのであります。

牛女